仙台城(せんだいじょう)の歴史・城主・構造・アクセス

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エリア北海道地方東北地方
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近畿地方中国地方
四国地方九州・沖縄地方
所在地神奈川県小田原市旧国名相模
別名小峯城(小峰城)小早川城(小早川館)
城郭構造山城平城平山城
天守の状況現存天守木造復元天守
外観復元天守復興天守
模擬天守残っていない
建てられていない不明
天守の構造複合式層塔型3重4階
築城者大森頼春 
築城年1417年(応永24年)室町時代
廃城年1871年(明治4年)明治時代
指定等日本100名城続日本100名城
国宝国重要文化財
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野望を秘めた天険の要害

1601年(慶長6年)正月、伊達政宗(だてまさむね)は仙台築城を開始します。4月には早くも仙台城に移っており、高い意気込みを感じられます。

仙台城はよく平山城といわれますが、「正保城絵図」には「本丸山城」とあり、青葉山に築かれた山城であることがわかります。
関ヶ原の合戦によって平和が訪れたのではなく、逆に最大の軍事的緊張関係が生じたため、仙台城は山頂に構えられたのです。

本丸の背後は、滝の口峡谷と呼ばれる100m近い絶壁による自然の要害によって守られていました。
また、唯一の尾根が続く南西側には、戦国時代さながらの尾根を断ち切る堀切りが三重に設けられていました。

天守は造営されませんでしたが、本丸には壮大な本丸御殿が造営され、東崖面には京都の清水寺の舞台のような懸造と称する御殿がありました。また、秀吉政権下では規制されていた金箔瓦も葺いています。

1638年(寛永15年)、2代藩主・伊達忠宗(だてただむね)は山麓部に二の丸普請を開始します。2年後の1640年の正月元旦の儀式は二の丸御殿で行われ、本丸は仏教儀式の際に使うのみとなり、事実上二の丸が仙台城の中枢となります。

絢爛豪華を誇った伊達政宗(だてまさむね)の本丸御殿も、その利用期間は政宗一代の約20年間だけでした。

みどころ

大手門隅櫓

  • 二の丸には大手門と隅櫓が構えられていました。大手門は華麗な櫓門であったことより、肥前名護屋城からの移築説すら生まれましたが戦災で焼失しました。
  • 隅櫓のみ1967年(昭和42年)に復元されました。

アクセス

住所/宮城県仙台市青葉区川内1
アクセス/JR仙台駅よりバスで約20分
     地下鉄東西線「八木山動物公園駅」よりバスで約3分
     地下鉄東西線「青葉山駅」よりバスで約6分

関連サイト

仙台城跡-伊達政宗が築いた仙台城-|仙台市
http://www.city.sendai.jp/shisekichosa/kurashi/manabu/kyoiku/inkai/bunkazai/bunkazai/joseki/

参考文献

  • 「徹底図解 日本の城」 著者/中井均 発行/新星出版社
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