八王子城(はちおうじじょう)の歴史・城主・構造・アクセス

ニッポンノオシーロ
エリア北海道地方東北地方
関東地方中部地方(甲信越)
中部地方(北陸)中部地方(東海)
近畿地方中国地方
四国地方九州・沖縄地方
所在地神奈川県小田原市旧国名相模
別名小峯城(小峰城)小早川城(小早川館)
城郭構造山城平城平山城
天守の状況現存天守木造復元天守
外観復元天守復興天守
模擬天守残っていない
建てられていない不明
天守の構造複合式層塔型3重4階
築城者大森頼春 
築城年1417年(応永24年)室町時代
廃城年1871年(明治4年)明治時代
指定等日本100名城続日本100名城
国宝国重要文化財
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後北条帝国最強の山城

後北条氏の一族で重臣の北条氏照(ほうじょううじてる)は武蔵滝山城を本拠としていましたが、豊臣秀吉(とよとみひでよし)との軍事的緊張関係の中で、1584年(天正12年)~1587年(天正15年)頃、八王子城を築いて移転しました。

しかし、1590年(天正18年)6月、小田原城攻め北陸軍の前田利家(まえだとしいえ)、上杉景勝(うえすぎかげかつ)軍に攻められ、落城しました。

八王子城は詰城となる山城部と居館となる御主殿から構成されています。
山麓に構えられた御主殿は、発掘調査の結果、常御殿、会所、庭園を伴う守護館と同様のものでした。
その背後の山上部、現在八王子神社の建つあたりが主要部で、そこから派生する尾根上に累々と曲輪や堀切、竪掘などが設けられています。

八王子城のすごさは、この主要部のさらに背後にそびえる山頂部に構えられた壮大な石塁です。
伝大天守と呼ばれるこの遺構は主要部の西側の山頂に小曲輪を構え、そこから主要部を両腕で抱え込んで守るように長さ300m、両翼600mにわたって石塁が延々と構えられています。
城の背後を守る堡塁として評価されます。

みどころ

<関東特有のアゴ止め石垣>

  • 八王子城には石垣が多用されています。特に伝大天守や御主殿の背後の谷部などには、巨大な石垣が設けられています。こうした石垣はすべて最下段の石の上に少しずらして次の石を積み上げる工法を用いています。現在はこうした工法をアゴ止め石垣と呼んでいます。
  • アゴ止め石垣は、八王子城だけではなく、群馬県の太田金山城でも確認されており、関東における特徴的な石垣工法であることが判明しています。後北条氏が石工集団を掌握して城の石垣を築かせたのかもしれません。

アクセス

住所/東京都八王子市元八王子町3丁目、西寺方町、下恩方町
アクセス/JR高尾駅よりバスで約10分、徒歩約20分

関連サイト

八王子城跡|八王子市公式ホームページ
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/003/001/001/p005201.html

参考文献

  • 「徹底図解 日本の城」 著者/中井均 発行/新星出版社
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